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松姫の命日(4月16日)@信松院
4月16日は松姫の命日。
1616年に亡くなったので、392回忌になるのな?
(数え方がいまいちわからないのだけど・・^^;)

毎年4月には山梨に行くことが多いのだけれど、
なんだか今年はそんな気にならないなあと思ってたら、
やっぱり松姫が八王子においでと呼んでいたのに違いない!(笑)
今年の松姫の命日は仕事がお休みの日だったので、行ってきました!
いざ、八王子へ!!!

毎月16日に信松院では写経会が開かれていて、
10時から始まります。
電話で伺った時には10分前には来て下さいねとのことでしたが、
到着したのは9:35くらいだったかな。
結構人は集まっていた感じで、慌てて受付へ。
ほとんどが常連さんで、今回の新規参加者は5人だった様子。

受付で氏名住所を書き、
心づけを用意して(なんと昼食を用意してくださる!のでそのつもりで)
写経の用紙を購入したら、案内された2階へ。

2階に行ったのははじめて!
鏡のある広間で10時近くまで待ち、
同じく写経をする2階の本堂(なのかな?場所的に・・・??)に向かって、写経の準備。
皆様準備が早い・・さすが。
全く勝手がわからない私たちを案内くださった方は写経の先生でした。
まずは、般若心経を読み、(お経は貸してくれました)
そしてご住職の説法がはじまります。

大河ドラマの話から香道(篤姫でも出てきますよね)のこと、お焼香の仕方や、
正座をする習慣をつけることのお話がありました。
正直、全く修行がなっていないもので、
足がしびれて崩そうかなと思ってたときの話でした・・・
反省しつつもやはり辛かったかも(^^;
ひざを痛めてから正座はめっきりしなくなったのですが
やはり日本人たるもの、清き姿勢、正座に慣れないとダメだなと思いました。

読経・説法で約20分強。終わると写経が始まります。
といってもまずは墨をすることから。
あ、持ち物で筆がいります。(筆ペン不可)
すずりと水(もちろん容器に入れてね)も、あとティッシュが必要です。
(なくてもはじめてなら貸していただけると思いますが)

初めての人は堂の右奥側で初めての人が集まって先生にご教授いただけます。
写経は初めての人は「四弘誓願」「延命十句観音経」「普回向」を書くことが決まっているようです。
(2回目からはまた違う経を写すみたい)
四弘誓願(しぐせいがん)とは、菩薩が仏道を求めるとき、最初に立てる四つの誓願のこと。
読経でも出てきたのですが、初めて知りました。。
日本仏教のほとんどの宗派の在家檀信徒が日常読経すべきものとされているようで・・・
ちょっと初歩くらいは勉強しないといけませんねえ。

写経は11:55くらいまでで、慌ててお片づけ。
私は2/3しか書けませんでした。。。
この時間中、墨を畳に落としたときの対処法などをはじめ、硯の洗い方、
墨のすり方直し方などを先生方にご指導いただきました。

12時には観音堂の方へ入り、再び読経。
大河ドラマ風林火山では勘助が川中島で討ち死にしたところで終わったのですが、
松姫はちょうどその川中島の戦いの時に生まれたというお話も出てきました。
(ってその話、どちらの堂で聞いたのかちょっと定かでないけど)
途中、読経の中順番に焼香をして、それが終わると楽譜を配られて歌の練習。
うーん、何を歌ったのか題名覚えてません(←おい)
あ、ひとつは「四弘誓願」のお経の語にメロディーが付いているのを歌いました。

歌が終わると、1階受付の奥の食堂?みたいなところへ。
いつもは精進料理を作るらしいのですが(とお寺の方が言っていた)
今回はお弁当でした。そして紅白饅頭もいただいちゃいました。
お弁当を食べ終わったらそのまま自由解散な形で皆様帰っていかれました。。

食事の後、お守りを購入、ご朱印をお願いして、そして宝物を見せてくださいとお願いしました。
どうしても写真撮影をお願いの上、ブログなどに載せたいと言えなかったので、
宝物の写真はないのですが、今回の信松院参拝と松姫のお墓をはじめ境内の写真は
おいおい、ほぼ休止中のHPの方へUPさせようと思います♪

帰るときに、私が命日あわせて関西から来たことなどを話したので、
信松院の奥様からお香をプレゼントしてくださいました。
本当にありがとうございました!!

そして松姫のお墓に手を合わせて、西八王子駅へ向かいました。

以上、写経会のレポでした。
電話で問い合わせた時にもおっしゃっていたのですが、
松姫の月命日に写経会が開かれているのですが、
松姫のために開かれる法要という形ではないようでした。

・・・と書くと語弊があるのかもしれないですが、
私が伝えたいのは、私のような松姫LOVEなオタク(とあえてわかりやすく書いておこう)が
ただ好きだからという気持ちで参加をするものではないということです。
いや、それでもいいのかもしれないけれど、
年齢層はやはり高めだし(50後半からご年配の方が多い)
決して石和川中島合戦絵巻に参加するようなノリで行ってはいけません!(爆)
常連の、お近くに住んでいる方々が、行きにくくなってはいけませんので、
このブログを読んだのがきっかけで写経会に参加なさる方は、特にマナーに気をつけてくださいね。

(と、ここまで書くと信松院の方にはすぐ私のことがわかると思うのですが・・・
もしこのブログに不都合がありましたらお手数ですがご連絡下さい。。)

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【2008/04/19 00:05】 | 松姫
武田信玄の娘・松姫
今日は武田信玄の娘「松姫」の命日なのです!(1616年没)

ですので、ブログにてちょっと松姫を紹介。
とはいえ、ちょっとHPから文章をコピペするだけだけど、
松姫・於松御料人・新舘(新館)御寮人・信松尼などなど
いろいろ呼ばれている松姫ですが、
最近というかずーっと疑問。

松姫っていったい何女なの!?

長女:黄梅院殿 北条氏政室
次女:見性院殿 穴山梅雪室
三女:真龍院殿 木曽義昌室(真理姫)
四女:桃由童女 (早世)
五女:大儀院殿 上杉景勝室(菊姫)
六女:信松尼  織田信忠婚約者(松姫)

と以上のように認識しているわけなのですが、
お寺の看板によってはそれぞれ違うわけで、
判断が難しいんですよね。

黄梅院殿・見性院殿・真理姫くらいは
ちゃんと長女・二女・三女と間違って記載されることは
あまりないのですが、
四女の桃由童女をいわゆるカウントしていない、
または○女なのかわからないというような感じで、
それから後の姫が○女か不明状態なのです。

菊姫のお墓がある林泉寺は看板で菊姫のことを四女と記載していますし、
松姫のお墓がある信松院でも『四女(または六女)』と記載されています。
菊姫がいつ生まれたのかが明確でないためこのようなことになっているようで、
確か没年と没年齢を逆算すると松姫より年上になるということだったように記憶してます。

松姫は菊姫の妹なのか、姉なのか・・・
これを判断する術は私にはないですが、
私が生きている間に、世紀の大発見!?みたいな
古文書が出てきたりしないかな〜と、
大河ドラマ「天と地と」の市河文書のように、
今年「風林火山」で思ったりするのでした(^^)

今日は信松院で法要が行われたことと思いますが、八王子も雨だったのかなあ。
以前命日に参拝できたのは2001年だったのでもう6年も前か。。
ちなみに月命日の16日午前10時に写経会が行われていたと思います。
(日程等が以前と変わっていなければ)
2001年に行った時も松姫遠忌の正午の法要後の夕方近くに行ったので、写経は未経験。
いつか月命日に写経しに行きたいなと思っています。

ではでは、八王子より遠い関西より、松姫の墓前を思い、合掌〜。

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【2007/04/16 21:19】 | 松姫
「武田信玄のすべて」を紹介する前に・・・
「武田信玄のすべて」 磯貝正義編  新人物往来社発行


記念すべき本の紹介第1号は「武田信玄のすべて」です。
私が持っているものは、第六刷。昭和62年のものです。
今だったら何刷まで出てるんだろう。

こちらは思い出深き1冊。
本の内容を紹介する前に私の思い出話を披露いたします。

私のHPのご挨拶というページにも書いているのですが、
私が歴史に入れ込んだのは、ありさか邦さんの
(ちゃおで連載していた)「おんな風林火山」
というまんがを読んでからです。

まんがと同時進行でドラマ化し、
鈴木保奈美さん、松村雄基さんによって松姫・信忠が演じられました。
今から数年前に地上波で再放送がありましたし、
TBS CSでも「おんな風林火山」の放送があり、
今後もリクエストによっては再放送もあるかもしれませんね。
私としてはDVD化を希望するところですけど、
打ち切りになったという記念すべき?
鈴木保奈美さんのデビュー作と言われるものなので、
なかなか難しいところではあります。

で、このおんな風林火山。見た当時私は幼かった・・・。
松姫に興味が沸いて、歴史を調べてみたら・・・
信忠には妻子がいたのです。
(ちゃんとドラマでは描かれてましたけど、そんなの忘れてた。。)

がーん・・・・
純愛だと信じてたのに(泣)

ショックを受けたものの、歴史を紐解き、考え、
自分の知らない資料を発見することに楽しさを覚えた結果、
大学にて歴史学を学ぶという道に進みました。

この松姫と信忠の美談の根拠になったと思われる一文との出会い、
これがこの「武田信玄のすべて」という本だったのです。

HPにも書いたけど、ブログにも転記します。

美談の元になった史料とは、『寛政重修諸家譜』です。
寛政重修諸家譜は江戸期に作られた、いわゆる家系図です。
まず、第八巻の織田家家譜内の「信忠」の所では、
室は武田大膳大夫晴信入道信玄が女とあること。

そして、第十八巻の下嶋の政茂のところには、
武田信玄及び勝頼に仕へ、勝頼没落の後政茂信玄の女を携て、
織田信忠が許に送らんと尾張國に至る。
信忠害にあふてのち東照宮かの女をもつて大久保長安にあづけらる。
政茂これに属して長安が許にいたり、彼家にありて死す。法名蓮心。

という文があるのです。

この史料をこの目で見たときには本当に歓喜しました!
これで、ますます松姫と信忠に、
そして武田信玄に戦国武将に・・・と興味が広がったのです。

歴史を、武田を自分なりに史料等を読んで松姫のことを考えてみると・・
松姫は悲運の、運命に弄ばれた、かわいそうな姫という
認識は間違っているな、と思っています。
本当はとても強くて、気高さも感じつつも、
人間的というか、なんというか。。。
とにかくとても魅力的な人物です。

長くなりました。
では、一旦切って、本の紹介に入ります!

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【2006/09/15 22:30】 | 松姫
躑躅ヶ崎の新館〜武田氏とそのゆかりの人たち・ブログ版〜


「武田氏とそのゆかりの人たち」のブログ版♪ 信玄の娘・松姫(新館御寮人)にちなんでブログは『躑躅ヶ崎の新館』と命名☆ 2009年は大河ドラマ『天地人』に登場する菊姫をバックアアップ♪気楽にやっていきます。

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「武田氏とそのゆかりの人たち」をご存じの皆様、ご無沙汰してます!
初めての方々、はじめまして☆
HPもまもなく14万にせまる勢い!ありがとうございます!
HP休眠中に付、更新はブログで行います。
今年は「天地人」!上杉の話の中から武田の余韻を楽しもう!
ということで、一気に名前がメジャーになると思われる「菊姫」を
見守っていきましょう♪
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